東京高等裁判所 平成9年(行ケ)78号 判決 1997年12月24日
千葉県長生郡白子町八斗1051番地1
原告
株式会社シラコ
代表者代表取締役
安川昭博
訴訟代理人弁護士
西林経博
同弁理士
石戸元
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 荒井寿光
指定代理人
樋口靖志
同
蓮井雅之
同
田中弘満
同
小川宗一
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、平成6年審判第18784号事件について、平成9年2月4日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
訴外石郷岡義之は、平成元年7月18日、名称を「基礎構築用鉄筋枠」とする考案(以下「本願考案」という。)につき、実用新案登録出願をした(実願平1-84612号)が、平成2年4月16日、同出願に係る権利を訴外有限会社サンホームズに譲渡した。
原告は、平成3年11月25日、同サンホームズから同出願に係る権利を譲り受け、同年12月2日、その旨を特許庁長官に届け出たが、平成6年9月14日に拒絶査定を受けたので、同年11月11日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を、平成6年審判第18784号事件として審理したうえ、平成9年2月4日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年3月19日、原告に送達された。
2 本願考案の要旨
比較的小型の建造物の基礎構築に使用する鉄筋枠において、水平部と、この水平部の長手方向の垂直面上で回動自在に水平部に保持された垂直部とで構成され、前記水平部は一対の平行に延びる両側鉄筋と、この両側鉄筋に所定間隔ごとに両端が前記両側鉄筋に溶接されかつ前記両側鉄筋の上側及び下側に交互に配置されている横鉄筋とで構成され、前記垂直部は前記横鉄筋の1本おきの上下間に挟持されるように配置された軸鉄筋と、この軸鉄筋に対して所定間隔で垂直にかつ一平面をなすように一端が溶接された複数の縦鉄筋と、この縦鉄筋の上端に前記軸鉄筋と平行に溶接された上端鉄筋と、縦鉄筋の中間部に前記軸鉄筋と平行に溶接された中間鉄筋とで構成されていることを特徴とする基礎構築用鉄筋枠。
3 審決の理由
審決は、別紙審決書写し記載のとおり、本願考案は、本願出願日前の出願であって、その出願後に公開された実願昭63-159264号(実開平2-80155号のマイクロフイルム参照)の願書に最初に添付した明細書及び図面(以下図面も含めて「先願明細書」といい、そこに記載された考案を「先願考案」という。)に記載された考案と同一であり、本願考案の考案者が先願考案の考案者と同一であるとも、また、本願の出願時において、その出願人が前記他の出願の出願人と同一であるとも認められないので、本願考案は、実用新案法3条の2第1項(平成5年法律第26号による改正前のもの、以下同じ。)の規定により実用新案登録を受けることができないとした。
第3 原告主張の取消事由の要点
審決の理由中、本願考案の要旨の認定、先願明細書の記載事項の認定、後記の誤認部分(審決書5頁12行~6頁4行)を除く本願考案と先願考案との一致点及び相違点の認定、慣用技術の認定(審決書8頁4~6行)は、認めるが、その余は争う。
審決は、本願考案と先願考案との一致点の認定を誤る(取消事由1)とともに、相違点についての判断を誤った(取消事由2)結果、本願考案と先願考案とが同一と判断したものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 一致点の誤認(取消事由1)
(1) 審決は、本願考案と先願考案との一致点の認定において、「本願考案の『比較的小型の建造物』とは、本願の明細書の産業上の利用分野の項に『本考案は住宅等の比較的小型の建造物』(明細書第2頁第2行)と記載され、具体的には住宅を意味するから、先願明細書に記載された考案の対象となる『住宅』と差異はない」(審決書5頁6~11行)としているが、誤りである。
すなわち、本願考案における比較的小型の建物とは、車庫、塀、塔その他の建物等も含み、明らかに先願考案にいう住宅とは異なったものであるから、両者は同一でない。
(2) 審決は、「先願明細書に記載された考案は、『底部鉄筋枠に対して縦鉄筋枠は、同一面内に倒伏させたり、起立させたり、或いは底部鉄筋枠内でスライドさせながら縦鉄筋枠を逆T型やL型等に自由に組立し得るものであり』、この機能は、本願考案の『垂直部が、水平部の長手方向の垂直面上で回動自在に水平部に保持した』結果、本願の明細書の考案の効果に記載のように、『建築現場での使用時には垂直部を起立せしめて布基礎用の逆T字状若しくは片基礎用の逆L字状の鉄筋枠として形成せしめることが可能である。』(第6頁第17行乃至第20行)という機能と実質上同一である。」(審決書5頁12行~6頁4行)としているが、これも誤りである。
すなわち、先願考案は、その実用新案登録請求の範囲の記載のとおり、底部鉄筋枠に対して縦鉄筋枠がスライド可能に「遊係」するものであるが、この遊係とは、遊べるので緩く嵌合したことを意味するものであり、底部鉄筋枠と縦鉄筋枠とが接する部分に若干の空間のある概念である。一般にアソビがあるとか、ユルユルになっているという言葉が使われるが、遊係とは正にそのようなものである。したがって、先願考案は、逆T型やL型に起立させることはできるが、両鉄筋は固定されていないために、その状態を維持させることは不可能であって、両鉄筋の接する部分をハリガネでしばるなどの固定作業が必要となる。
これに対し、本願考案の「保持」は、回動摺動自在ではあるが、遊動するほど緩くはなく、一定位置に保たれるように支持されていることを意味するものであり、「回動自在に保持される」ことにより、先願考案のような弊害ないし煩雑さを取り除いたものである。
審決は、本願考案と先願考案とのこのような構造上の差異を看過したものである。
2 相違点についての判断の誤り(取消事由2)
本願の出願前、「縦横の鉄筋を連接して垂直部鉄筋枠を形成するに、縦鉄筋の上端を上端横鉄筋に溶接すること」(審決書8頁4~6行)が、慣用の技術であることは認めるが、審決が、先願考案にこの慣用技術を適用して「上記相違点において本願考案のようにすることは、単なる設計変更にすぎず、実質上の差異はないと言うべきである。」(審決書8頁10~12行)と判断したことは、誤りである。
すなわち、先願考案が公知であれば、それに上記慣用技術を組み合わせることはできるかも知れないが、出願前に公知でない先願考案の場合は、当該考案と本願考案との同一性のみを判断すべきであり、慣用技術を適用して設計変更したり、周知事項を組み合わせて判断することは、違法である。
また、審決の引用する公報等について、特開昭51-120010号公報(甲第3号証、以下「周知例1」という。)及び特開昭52-115516号公報(甲第4号証、以下「周知例2」という。)に記載された発明は、いずれも単なる梯子状の鉄筋ユニットを針金あるいは止め金具で組み合わせるものであり、水平部と垂直部を軸筋で連結する本願考案とは全く別であるし、実願昭57-118015号(実開昭59-24447号公報)のマイクロフィルム(甲第5号証、以下「周知例3」という。)に記載された考案は、その水平部と垂直部は軸筋で連結されているが、軸筋は、本願考案の軸鉄筋のように摺動自在でない。そして、このように他の部分が本願考案と全く異なる以上、周知例1~3に記載された発明ないし考案のうち、上端鉄筋を縦鉄筋の上端に溶接している部分のみを、先願考案に組み合わせることはできない。
さらに、本願考案は、先願考案との構成上の相違点によって、本願明細書に記載された「縦鉄筋が突出せず、取扱い上安全であり、またコンクリートのかぶり厚(建築学会基準50~80mm)を大きくとれるものである。」(甲第6号証の3第2頁4~5行)という顕著な作用効果を有するから、この相違点は、慣用の事柄を適用できるような単なる設計変更ということができない。
したがって、審決の上記判断は誤りである。
第4 被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は、いずれも理由がない。
1 取消事由1について
(1) たとえ原告主張のとおり、「比較的小型の建物」が、車庫、塀、塔その他の建物等も含む概念であるとしても、基礎構築がなされる「比較的小型の建物」とは、当業者ばかりでなく一般の人でも、具体的には一戸建ての「住宅」を思い浮かべるものであるから、その概念中には、当然「住宅」を主として含むものである。
したがって、本願考案の「比較的小型の建物」と先願考案の対象となる「住宅」とは、考案を適用するものを、単に一方が上位のものとして捉え、他方がより具体的な下位のものとして捉えたにすぎず、両者には実質的差異はないものというべきであるから、この点に関する審決の判断(審決書5頁6~11行)は正当である。
(2) 先願明細書に記載された、「底部鉄筋枠に倒伏、起立並びにスライド可能に遊係された縦鉄筋枠」とは、先願考案の具体的構造を考慮すれば、「縦鉄筋枠は、底部鉄筋枠に倒伏、起立並びにスライド可能に、動くことができないような固定された状態でなく、可動できる状態に係合されている」と解釈できるものである。
原告の主張のように、遊べるので緩く嵌合したとすれば、縦鉄筋枠は底部鉄筋枠に起立状態で維持されず、逆T型やL型等に自由に組み立てうるものであるとする先願考案の機能を奏しないこととなるから、原告の解釈は採用できない。
したがって、先願考案の「遊係」と本願考案の「回動自在に保持する」とは、構造上の差異がなく、この点に関する審決の認定(審決書5頁12行~6頁4行)に、誤りはない。
2 取消事由2について
実用新案法3条の2に規定する他の出願の当初明細書又は図面に記載された考案又は発明とは、「他の出願の当初明細書又は図面に記載された事項」及び記載されているに等しい事項から、他の出願の出願時における周知、慣用技術を含んだ当業者に一般的に知られている技術等の技術常識を参酌することにより導き出せるような「記載されているに等しい事項」から把握される考案又は発明をいうものである。
審決では、この観点から、本願考案と先願考案とを比較し、本願考案は、上端鉄筋を縦鉄筋の上端に溶接している点で先願考案とは相違しているが、この相違点は、慣用の事柄であって、先願考案に代えて本願考案のようにすることは、単なる設計変更にすぎないと判断したものであり(審決書8頁4行~12行)、この認定判断に誤りはない。
なお、審決は、周知例1~3から、縦鉄筋の上端を上端横鉄筋に溶接して垂直部鉄筋枠を形成すること以外の事項は援用しておらず、本願考案の全体構成と上記周知例に記載された考案又は発明の全体構成とを比較し、その同一性を判断することは、意味のないことである。
第5 証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。
第6 当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点の誤認)について
審決の理由中、先願明細書の記載事項の認定、本願考案と先願考案との一致点(審決書5頁6行~6頁4行を除く。)の認定は、当事者間に争いがない。
(1) 本願考案の「比較的小型の建造物」について、本願明細書(甲第6号証の1~3、以下、図面を含め「本願明細書」という。)には、「(産業上の利用分野)本考案は住宅等の比較的小型の建造物の基礎構築用の既製鉄筋枠に関する。」(甲第6号証の2第2頁1~3行)と記載され、この記載によれば、本願考案の鉄筋枠を使用する建造物とは、住宅及び住宅と同等の比較的小型な建造物を意味するものと認められる。
他方、先願考案につき、先願明細書(甲第2号証)には、「産業上の利用分野 この考案は、住宅の基礎コンクリート内に配筋する鉄筋に関するものである。」(同号証明細書2頁6~8行)、「従来30坪位の家屋の基礎の配筋作業に・・・」(同7頁16~17行)、「建物の基礎コンクリートのための配筋作業を省力化し得るものである。」(同7頁20行~8頁1行)と記載されており、これらの記載によれば、先願考案の鉄筋を基礎に使用する対象は、住宅及びこれと同等の建造物である家屋や建物であるものと認められる。
そうすると、本願考案の「比較的小型の建造物」と先願考案の「住宅」とは、表現に相違はあるものの、いずれも住宅及びこれと同等の建造物を意味するものといえる。
したがって、審決の、「本願考案の『比較的小型の建造物』とは、本願の明細書の産業上の利用分野の項に『本考案は住宅等の比較的小型の建造物』(明細書第2頁第2行)と記載され、具体的には住宅を意味するから、先願明細書に記載された考案の対象となる『住宅』と差異がない」(審決書5頁6~11行)との認定に、誤りはない。
原告は、本願考案における比較的小型の建物とは、車庫、塀、塔その他の建物等も含み、先願考案にいう住宅とは異なったものであるから、両者は同一でないと主張 する。
しかし、「比較的小型の建造物」が、車庫、塀、塔その他の建物等を含む概念であったとしても、前示のとおり、本願明細書には「住宅等の比較的小型の建造物」と記載されており、住宅を含むことは明白であるから、先願考案と本願考案とはこの限度において同一であり、原告の主張は明らかに失当である。
(2) 本願考案の水平部と垂直部とについては、前示本願考案の要旨によれば、「水平部は一対の平行に延びる両側鉄筋と、この両側鉄筋の所定間隔ごとに両端が前記両側鉄筋に溶接されかつ前記両側鉄筋の上側及び下側に交互に配置されている横鉄筋とで構成され、前記垂直部は前記横鉄筋の1本おきの上下間に挟持されるように配置された軸鉄筋と」縦鉄筋などにより構成されるものであり、本願明細書(甲第6号証の1~3)には、「第2図の(イ)、(ロ)は第4図(ロ)のように載置後に必要により左側又は右側に変更することが可能である。」(甲第6号証の2第6頁12~14行)と記載されている。
これらの記載及び本願明細書(甲第6号証の2)の第1~第4図によれば、本願考案の水平部と垂直部の関係は、両側鉄筋と所定間隔ごとに両側鉄筋の上下に交互に配置された横鉄筋とにより形成された空間、すなわち「横鉄筋の1本おきの上下間」に、垂直部の軸鉄筋が挟持されているだけであり、軸鉄筋は、水平部に固定されているわけではないから、軸鉄筋の軸を中心に回動自在となっており、かつ、軸鉄筋は、両側鉄筋の間に形成された空間に沿って水平方向に左右に移動自在となっているものと認められる。そして、このように垂直部の軸鉄筋が回動自在及び移動自在の状態を、本願考案において「保持」と規定しているものといえる。
これに対し、先願考案の鉄筋の接続状態について、先願明細書(甲第2号証)には、「この底部鉄筋枠に倒伏、起立並びにスライド可能に遊係された縦鉄筋枠とを備え」(同号証明細書1頁7~8行)、「縦鉄筋枠の1端の長尺鉄筋が、底部鉄筋枠の多数の短尺鉄筋の上面または下面に交互に、或いは複数組ごとに通係され、底部鉄筋枠に対して縦鉄筋枠が倒伏、起立並びにスライド可能に遊係されたことを特徴とする」(同1頁19行~2頁3行)、「底部鉄筋枠12は、相対向した1対の長尺鉄筋16a、16aが、下面に両端を溶着させた複数の短尺鉄筋18aと、上面に両端を溶着させた複数の短尺鉄筋18bとでもつて連設されている。短尺鉄筋の配置は下面の短尺鉄筋18aと上面の短尺鉄筋18bとを交互に配設している・・・縦鉄筋枠14は、底部鉄筋枠12の長尺鉄筋16aと同一長さの複数の長尺鉄筋16bと、底部鉄筋枠12の短尺鉄筋18aの上面、短尺鉄筋18bの下面に圧接状に通係された長尺鉄筋16cとを並設させ、・・・従つて、底部鉄筋枠12に対して縦鉄筋枠14は、同一面内に倒伏させたり、長尺鉄筋16cを介して起立させたり、或いは底部鉄筋枠12内で長尺鉄筋16cをスライドさせながら縦鉄筋枠14を逆T型やL型等に自由に組立し得るものである。」(同5頁6行~6頁6行)と記載されている。
これらの記載及び先願明細書(甲第2号証)の第1~第6図によれば、先願考案は、底部鉄筋枠の1対の長尺鉄筋とその下面及び上面に交互に溶着された複数の短尺鉄筋とによって囲まれた空間に、縦鉄筋枠の長尺鉄筋を並設し、この縦鉄筋枠の長尺鉄筋は、上下の短尺鉄筋によって圧接されているだけであるから、縦鉄筋枠は、その長尺鉄筋を軸に倒伏又は起立可能となっており、かつ、縦鉄筋枠の長尺鉄筋は、底部鉄筋枠に形成された前記空間に沿ってスライド可能になっているものと認められる。そして、このように縦鉄筋枠の長尺鉄筋が倒伏又は起立可能及びスライド可能の状態を、先願考案において「倒伏、起立並びにスライド可能に遊係された」と規定しているものといえる。
以上のとおり、本願考案の「保持」と先願考案の「遊係」とは、どちらも、縦鉄筋枠の最下端の鉄筋すなわち垂直部の軸鉄筋が、底部鉄筋枠すなわち水平部の上下の鉄筋によって挟持され、倒伏又は起立可能に回動自在の状態にあるとともに、その挟持され空間内を横方向に移動自在な状態にあるものと認められるから、その表現に相違はあるものの、本願考案の「保持」と先願考案の「遊係」とは、技術的に同一の構成を示すものであって、その機能に差異はないものといわなければならない。
したがって、審決が、「先願明細書に記載された考案は、『底部鉄筋枠に対して縦鉄筋枠は、同一面内に倒伏させたり、起立させたり、或いは底部鉄筋枠内でスライドさせながら縦鉄筋枠を逆T型やL型等に自由に組立し得るものであり』、この機能は、本願考案の『垂直部が、水平部の長手方向の垂直面上で回動自在に水平部に保持した』結果、本願の明細書の考案の効果に記載のように、『建築現場での使用時には垂直部を起立せしめて布基礎用の逆T字状若しくは片基礎用の逆L字状の鉄筋枠として形成せしめることが可能である。』(第6頁第17行乃至第20行)という機能と実質上同一である。」(審決書5頁12行~6頁4行)と判断したことは正当であって、審決における一致点の認定に誤りはない。
原告は、先願考案の「遊係」とは、底部鉄筋枠と縦鉄筋枠とが接する部分に若干の空間がある概念であって、一般にアソビがあるとか、ユルユルになっている状態であり、両鉄筋の状態を維持させるには、両鉄筋の接する部分をハリガネでしばるなどの固定作業が必要となると主張する。
しかし、前示のとおり、先願考案だけでなく本願考案においても、水平部内の空間に沿って垂直部の軸鉄筋が水平方向に移動自在及び回動自在となっていることが明らかであり、起立状態を維持するには、周囲の状況及び横鉄筋による挟持の程度等に応じて固定作業を行う必要があることも同様と認められる。原告の上記主張は、本願考案のこのような技術的構成及び機能を無視して先願考案のみを論ずるものであるから、到底採用することができない。
2 取消事由2(相違点の判断の誤り)について
本願考案が、上端鉄筋を縦鉄筋の上端に溶接しているのに対し、先願考案が、上端鉄筋を縦鉄筋の上部に溶接しているが、縦鉄筋の上端でない点で相違すること(審決書7頁17行~8頁1行)は、当事者間に争いがない。
また、「本願の出願前、縦横の鉄筋を連設して垂直部鉄筋枠を形成するに、縦鉄筋の上端を上端横鉄筋に溶接すること」(審決書8頁4~6行)が、慣用の技術であることも、当事者間に争いがない。
そうすると、先願考案おいて、その上端鉄筋を縦鉄筋の上部に溶接するに際して、上記のとおり慣用とされる、縦鉄筋の上端を上端鉄筋に溶接する技術を適用して、本願考案と同様の構成を採用することは、当業者が単なる設計事項としてできることと認められ、先願明細書には本願考案が実質的に記載されているものというべきである。
原告は、先願考案に慣用技術を適用して設計変更することを前提にして本願考案との同一性を認めることは違法である旨主張するが、出願時に当業者にとっての慣用技術を考慮して明細書の開示事項を検討し、考案の同一性を判断するのは当然のことであり、原告の主張を採用する余地はない。
したがって、審決が、先願考案に上記慣用技術を適用し、「上記相違点において本願考案のようにすることは、単なる設計変更にすぎず、実質上の差異はないと言うべきである。」(審決書8頁10~12行)と判断したことに、誤りはない。
なお、原告は、審決が引用した周知例1~3(甲第3~第5号証)に記載された発明ないし考案は、審決が引用した部分以外の構成が本願考案と全く相違しているから、これらに記載された慣用技術の部分のみを先願考案に組み合わせることはできないと主張する。
しかし、審決は、本願考案と先願考案との相違点の判断において、上記技術が慣用技術であることを示すために、周知例1~3を引用するものであるから、その他の構成が本願考案と相違していたとしても、これら周知例によって慣用技術を認定することに何ら問題はなく、原告の主張は明らかに失当である。
また、原告は、本願考案では縦鉄筋が突出せず、取扱い安全であり、また、コンクリートのかぶり厚を大きくとれるという顕著な作用効果があると主張する。
しかし、先願考案においても、その縦鉄筋の上部を上端横鉄筋に溶接するに際し、前記の縦鉄筋の上端を上端横鉄筋に溶接するという慣用技術を適用することにより、原告が主張する作用効果を奏するであろうことは、前示の認定に照らして明らかであり、原告の主張は採用できない。
3 以上のとおりであるから、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、その他審決に取り消すべき瑕疵はない。
よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)
平成6年審判第18784号
審決
手葉県長生郡白子町八斗1051番地1
請求人 株式会社 シラコ
東京都大田区山王2-1-8 山王アーバンライフ317・318号室
代理人弁理士 石戸元
平成1年実用新案登録願第84612号「基礎構築用鉄筋枠」拒絶査定に対する審判事件(平成3年3月15日出願公開、実開平3-25633)について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
1. 手続の経緯・本願考案
本願は、平成1年7月18日の出願であって、その実用新案登録を受けようとする考案(以下「本願考案」という。)は、平成6年5月10日付け手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、その実用新案登録請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。
「比較的小型の建造物の基礎構築に使用する鉄筋枠において、水平部と、この水平部の長手方向の垂直面上で回動自在に水平部に保持された垂直部とで構成され、前記水平部は一対の平行に延びる両側鉄筋と、この両側鉄筋に所定間隔ごとに両端が前記両側鉄筋に溶接されかつ前記両側鉄筋の上側及び下側に交互に配置されている横鉄筋とで構成され、前記垂直部は前記横鉄筋の1本おきの上下間に挟持されるように配置された軸鉄筋と、この軸鉄筋に対して所定間隔で垂直にかつ一平面をなすように一端が溶接された複数の縦鉄筋と、この縦鉄筋の上端に前記軸鉄筋と平行に溶接された上端鉄筋と、縦錐筋の中間部に前記軸鉄筋と平行に溶接された中間鉄筋とで構成されていることを特徴とする基礎構築用鉄筋枠。」
2. 引用例
これに対して、原査定における拒絶の理由に引用された、本願の出願の日前の他の出願であって、その出願後に出願公開された実願昭63-159264号(実開平2-80155号のマイクロフイルム参照)の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下、「先願明細書」という。)には、「この考案は、住宅の基礎コンクリート内に配筋する鉄筋に関するものである。」(明細書第7行乃至第8行)及び
「組立基礎鉄筋10は底部鉄筋枠12と、この底部鉄筋枠12に連係された縦鉄筋枠14とを有している。 前記底部鉄筋枠12は、相対向した1対の長尺鉄筋16a、16aが、下面に両端を溶着させた複数の短尺鉄筋18aと、上面に両端を溶着させた複数の短尺鉄筋18bとでもって連設されている。短尺鉄筋の配置は下面の短尺鉄筋18aと上面の短尺鉄筋18bとを交互に配設している。 縦鉄筋枠14は、複数の長尺鉄筋16bと、底部鉄筋枠12の短尺鉄筋18aの上面、短尺鉄筋18bの下面に圧接状に通係された長尺鉄筋16cとを並設させ、この複数本の長尺鉄筋16b、16cを複数の連結鉄筋20でもって溶着連結している。
従って、底部鉄筋枠12に対して縦鉄筋枠14は、同一面内に倒伏させたり、長尺鉄筋16cを介して起立させたり、或いは底部鉄筋枠12内で長尺鉄筋16cをスライドさせながら縦鉄筋枠14を逆T型やL型等に自由に組立し得るものである。」(明細書第5頁第3行乃至第6頁第6行及び第1、2図)という事項が記載され、
そして、先願明細書の第1、2、4図には、
「縦鉄筋枠14が、長尺鉄筋16cと、この長尺鉄筋16cに対して所定間隔で垂直にかつ一平面をなすように一端が溶接された複数の連結鉄筋20と、この連結鉄筋20の上部に前記長尺鉄筋16cと平行に溶接された長尺鉄筋16bと、連結鉄筋20の中間部に前記長尺鉄筋16cと平行に溶接された長尺鉄筋16bとで構成されていること。」が示されている。
3. 対比
そこで、本願考案と先願明細書に記載された考案とを比較すると、本願考案の「比較的小型の建造物」とは、本願の明細書の産業上の利用分野の項に「本考案は住宅等の比較的小型の建造物」(明細書第2頁第2行)と記載され、具体的には住宅を意味するから、先願明細書に記載された考案の対象となる「住宅」と差異はないと言うことができ、また、先願明細書に記載された考案は、「底部鉄筋枠に対して縦鉄筋枠は、同一面内に倒伏させたり、起立させたり、或いは底部鉄筋枠内でスライドさせながら縦鉄筋枠を逆T型やL型等に自由に組立し得るものであり」、この機能は、本願考案の「垂直部が、水平部の長手方向の垂直面上で回動自在に水平部に保持した」結果、本願の明細書の考案の効果に記載のように、「建築現場での使用時には垂直部を起立せしめて布基礎用の逆T字状若しくは片基礎用の逆L字状の鉄筋枠として形成せしめることが可能である。」(第6頁第17行乃至第20行)という機能と実質上同一である。
そして、先願明細書に記載された考案の「基礎コンクリート内に配筋する」、「鉄筋」、「組立基礎鉄筋」、「底部鉄筋枠」、「縦鉄筋枠」、「長尺鉄筋16a、16a」、「下面」、「短尺鉄筋18a」、「上面」、「短尺鉄筋18b」、「長尺鉄筋16c」、「連結鉄筋」、「連結鉄筋の上部に溶接された長尺鉄筋16b」及び「連結鉄筋の中間部に溶接された長尺鉄筋16b」は、夫々本願考案の「基礎構築に使用する」、「鉄筋枠」、「基礎構築用鉄筋枠」、「水平部」、「垂直部」、「両側鉄筋」、「下側」、「両側鉄筋の下側に配置されている横鉄筋」、「上側」、「両側鉄筋の上側に配置されている横鉄筋」、「軸鉄筋」、「縦鉄筋」、「上端鉄筋」及び「中間鉄筋」に相当しているから、
本願考案と先願明細書に記載された考案とは、「比較的小型の建造物の基礎構築に使用する鉄筋枠において、水平部と、この水平部の長手方向の垂直面上で回動自在に水平部に保持された垂直部とで構成され、前記水平部は一対の平行に延びる両側鉄筋と、この両側鉄筋に所定間隔ごとに両端が前記両側鉄筋に溶接されかつ前記両側鉄筋の上側及び下側に交互に配置されている横鉄筋とで構成され、前記垂直部は前記横鉄筋の1本おきの上下間に挟持されるように配置された軸鉄筋と、この軸鉄筋に対して所定間隔で垂直にかつ一平面をなすように一端が溶接された複数の縦鉄筋と、この縦鉄筋の上端に前記軸鉄筋と平行に溶接された上端鉄筋と、縦鉄筋の中間部に前記軸鉄筋と平行に溶接された中間鉄筋とで構成されていることを特徴とする基礎構築用鉄筋枠。」である点で一致しているが、
本願考案は、上端鉄筋を縦鉄筋の上端に溶接しているのに対して、先願明細書に記載された考案は、上端鉄筋を、縦鉄筋の上部に溶接しているが、縦鉄筋の上端ではない点で、両者は一応相違している。
4. 当審の判断
そこで、上記相違点について検討する。
本願の出願前、縦横の鉄筋を連設して垂直部鉄筋枠を形成するに、縦鉄筋の上端を上端横鉄筋に溶接することは、慣用の事柄にすぎず(例えば、特開昭51-120010号公報、特開昭52-115516号公報及び実願昭57-118015号(実開昭59-24447号)のマイクロフイルムを参照されたい。)、上記相違点において本願考案のようにすることは、単なる設計変更にすぎず、実質上の差異はないと言うべきである。
5. むすび
したがって、本願考案は、前記先願明細書に記載された考案と同一であり、しかも、本願考案の考案者が前記先願明細書に記載された考案の考案者と同一であるとも、また本願の出願の時において、その出願人が前記他の出願の出願人と同一であるとも認められないので、本願考案は、実用新案法第3条の2第1項の規定により実用新案登録を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
平成9年2月4日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)